昨日 #06252025 、オカンと話をした内容を思い出して書いている。オカンは叔父2が亡くなってから、実家での思い出話をしてくれる。叔父3はよく、いつか小説にしたいと幼少期の話をしてくれる。私の叔母と叔父、オカンの姉と兄は学校を卒業と共に家をでた。そして、そんな中、オカンの両親が不仲になり、家庭内はぎくしゃくしはじめる。オカンも小学校を卒業後は、「女の子は美容師か看護士になる」という時代で、中学校に通いながら住み込みで診療所に勤め始める。下には2人の弟がいる、先日亡くなった叔父2と叔父3である。まだまだ、下の弟が小さい中、家庭はぎくしゃくし始め、診療所に住み込みで働きながら学校に通っていたので、家庭内がぎくしゃくし始めたのは気づかなかったと言っていた。時は流れ、叔父2は高校を卒業と同時に実家を出た。早く出たかったのだろうと想像につく。そして、叔父3も卒業と共に実家を出ることを選択する。オカンも、「私の人生もこの町でおわるのかなぁ」と思いながら、一度は出てみたいと正看護師の資格の勉強を神戸でしようか検討しながら今後の進路のことを考えていたらしい。結局、おばあちゃんは家を出て、おじいちゃんが家に1人で住むようになり、おじいちゃんを1人で残すのは忍びないと最後までオカンは実家に残った。実家近くのアパートに叔母と住み始め、週末は実家に帰ると言った生活をしていたらしい。その話を聞くと、今の私と似たような人生というか、同じような「親を手つだう」ことをオカンも人生の中で選択したのだなぁと感じた。アパートから実家に軽自動車で帰る途中、おじいちゃんが作業していた炭焼き場があった。そして、そこへ通りかかるとにこっと笑ったおじいちゃんが待ってくれていて、一緒に実家に帰った。そして、その笑顔がとても印象的だったといつも話を聞かせてくれる。「アクシから谷へ帰り道、曲がり角で待ってくれていたとうやんの顔がわすれられない」とよく言っている。きっと、それはオカンにとって、色々なことが家庭に起きたけど、それでもしっかりと家庭を支え、愚直にも人生を貫いたおじいちゃんへの恩返しだったのかもしれない。そして、どうしても実家を最後の最後、結婚するまで実家の近くで兄弟姉妹の中でも残ったのはその思いがあったからだと思う。私も瑞から日に帰ってくる過程で、「いつかは帰ってこないといけない」と思いながら生活していた。それは、老いる母を見捨てるのは忍びないという気持ちがあったから。はやり、75才になると老いを感じる。そして、それはわたしたちがはたから見て感じる老いと、オカン自身が感じる老いでもあると思う。オカンと私の中で、親にたいする共通の思いがあり、その様な環境の中で、私も知らず知らずのうちに植え付けられた考えなのだろうなと感じる。私は後悔はしていないし、後悔したくないので瑞での生活より良い生活を送れるように頑張っている。これからも引きづ付き頑張っていこうと思う。 Eva 22:52 #06262025
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