先日、下姉とオカンと3人でご飯を食べる機会があった。この頃、少し疲れがたまってきているのかオカンの喘息が出ていて、すごく気になる。オカンは元気なオカンしか知らない私にとって、少し弱い姿のオカンを見るとすごく悲しくなり、それが私の中での「苛立ち」になる。これは実の母の老い、そして、いつかはくる「死」を感じることにすごく躊躇しうろたえている自分がいるからだと思う。この頃、すごく、記憶も健忘症が出てきて、ちゃんとした会話ができるのもひょとしたらこの先それほど長くないのかな?なんてことを認知症が始まった叔母を見ていると感じる。そんなオカンが、自分の姿が映った鏡をみて、「この頃、髪が薄くなったでしょ。パーマあてようかなぁって思うのよ。」オカンも見た目を気にするし、色々と心配もする。それは人が生きている証拠で、それを支えあうのが家族というもの。私はやっぱり帰国しオカンのそばにいてあげることにしたことに後悔はしていない。そして、この選択を行った自分を誇りに思う。下姉も、「そんなことないよ、しなくていいと思うよ。天然パーマがこの時は役に立つやん。」と会話を交わしていた。私の役割としては、金銭的に困らないようにオカンを支えること。そして、店をうまく再度軌道に乗せて全力で走りぬくこと。その為にできることは何でもするという決意だと思う。そして、私の人生も絶対に楽しく自分自身の人生にも後悔が無いように生きると言うこと。オカンに対しての後悔はない、そして、私の人生も「一片の悔いもない。あなたにあえて私の人生は本当に幸せだった。ありがとう。」と声をかけて死ねる人生にしたい。 Eva 8:33 #02072025
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