オカンは叔父2が亡くなってから、昔のことを懐かしく語ってくれる。叔父2とは55年前の大阪万博に一緒に行ったようで、その話を懐かしく語ってくれた。4歳ぐらいしか違わないのに、15才から仕事をして、お金をためて弟を大阪万博へ連れて行ってあげると言うのは結構、しっかりした姉だなぁとオカンを感心してしまう。そして、よっぽど叔父2はそれが嬉しかったのか、大阪へ出てくる道中も、万博会場でも本当にはしゃぎっぱなしだったようで、叔父さんが楽しんで喜んだ姿が目に浮かぶ。中学生だし、それはそうだろうなぁと感じる。その後、オカンは叔父2がもっと小さいころ、家の石垣から兄弟姉妹で紙飛行機を作って飛ばしたと話をしてくれた。「どこからとばしたの?絵を描いてくれる?」と言って、昔の屋敷の絵を描いてくれた。私が記憶に残っている屋敷は既に解体後だったので、オカンが小さい頃は私のひい爺さん婆さんが住んでいた屋敷があったらしい。そこの石垣から紙飛行機を飛ばした思い出を話してくれた。ああでもない、こうでもないといいながらみんなが創意工夫を凝らしてたのしんだと話をしていた。その思い出話をしながら、オカンも自分で紙飛行機を作って飛ばしていた。やっぱり弟を亡くすのはショックだと思う。21日に亡くなり、本当に数日オカンは意気消沈と言う言葉がぴったりだっと思う。でも、今日は少し元気になってきていた。扁桃腺も治ってきて、そして、従業員さんも新しく来てくれる兆しが見えて、気分的にも楽になってきたと思う。本当によかった。下姉が飼い犬の大豆を連れてくると言っていたけど、いそがしくて結局来なかった。明日になると下姉からは連絡があった。下姉がくると言っていたので、オカンはスモモをつんで持って帰らす準備をしていた。母親と言うのは本当にありがたい存在だと改めて感じさせられる。 Eva 22:06 #06262025
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